大判例

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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3491号 判決 1993年2月25日

原告 株式会社真里谷

右代表者代表取締役 秋葉義弥

右訴訟代理人弁護士 佐野榮三郎

補助参加人 日本信販株式会社

右訴訟代理人弁護士 山下俊六

被告 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 橋本徹

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

島田邦雄

河上和雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八億円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払い済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、被告に対し、他の会社が被告から融資を受ける際の担保として差し入れるため、自己所有の株式を預けたが、数日後に右融資が実行されないことが明らかになったため、その返還を求めたところ、右株式が保管されていなかったので、寄託物返還債務の履行不能に基づく損害の賠償を求めた。

一  争いのない事実等

1  原告経理部長大塚孝夫(以下「大塚」という。)、原告顧問弁護士千葉孝栄「以下「千葉」という。)、株式会社大報(以下「大報」という。)代表取締役社長萩原武夫(以下「萩原」という。)及び大報社員瀬戸靖雄は、平成三年五月一〇日、原告所有の福助株式会社株式四〇万株の株券(以下「本件株券」という。)を、被告の日比谷支店(以下「日比谷支店」という。)に持参し、同支店次長の菅野一明(以下「菅野」という。)に手渡した(争いがない)。

その際、萩原から、融資証明を発行してほしい旨の申し入れがあったが、菅野はこれを断った(争いがない)。

菅野は、宛先を大報、返還期日を平成三年五月一三日と記載した取次票を交付した(交付の相手方については、原告は、原告と大報の両方であると主張し、被告は大報のみであると主張した。)。

2  同年五月一三日、本件株券は返還されなかった(争いがない)。

同月一六日、萩原が被告の楠川副頭取に連絡をとったため、日比谷支店長小川が大報を訪れた(争いがない)。

3  同年九月一三日、被告は、大報から、平成三年九月一一日付の本件株券の返還請求権を原告に譲渡した旨の記載がある「債権譲渡通知書」と題する書面を受領した(争いがない)。

二  原告の主張

1  平成三年五月ころ、大報は、原告との間の不動産取引の資金調達のため、知人の日本通商株式会社代表取締役社長渡辺俊輔(以下「渡辺」という。)に対し、被告から融資を受けたいからその旨取り次いでほしいと依頼した。その際、大報は、原告に対し、右融資の際に被告に差し入れる担保として、原告所有の本件株券の提供を要請し、原告はこれを承諾した。

その後、大報は、渡辺から右融資(但し、原告は、ケイ・トレーディング株式会社(以下「ケイ」という。)を間にはさむ転貸しと聞いていた。)を、平成三年五月一〇日に、日比谷支店の応接室で行う旨の連絡を受け、その旨を原告に知らせた。

2  同月一〇日、大塚、千葉、萩原及び大報社員が本件株券を持参し、菅野に対し、融資を受けるのは大報であること、その担保として原告が本件株券を提供することを伝えたところ、菅野が本物か否かの確認のため本件株券を預かりたいと言うので、本件株券を渡した。このとき原告は菅野に対し、融資証明書と株券の預り書の交付を求めた。融資証明書は発行できないとのことで断られたが、菅野は、預り書に相当すると説明して取次票を交付した。

3  取次票に記載されている返還期限である同月一三日、萩原は、日比谷支店を訪れたが、その日は本件株券の返還を受けなかった。翌一四日に大塚と共に再度訪れた際、被告からの融資が受けられないことがわかったが、本件株券は後日返還してもらうこととして、その日はそのまま帰った。

4  同月一六日、萩原は菅野に対し本件株券を返還するよう求めたが埓があかないので、被告副頭取等に連絡したところ、本件株券は同月一三日ころ、日比谷支店から流出して第三者の手に渡ってしまったことが判明した。

5  原告が被告に本件株券を預けた行為は特定物の寄託であって、消費寄託ではないから、被告は原告に対し、寄託物として預かった本件株券そのものを返還する義務を負う。したがって、被告が無断で本件株券を処分したことにより、右寄託契約に基づく株券返還債務は、その返還期限である平成三年五月一三日に履行不能となった。よって、被告は、原告に対し、右履行不能に基づく損害として、同日の株価の終値一株四五〇〇円の四〇万株分である合計金一八億円を賠償する責任を負う。

三  被告の主張

1  平成三年五月九日、被告の取引先である昭和総合企画株式会社社長小林文博(以下「小林」という。)から、菅野に対し、株式担保による融資を受けたい旨の申し入れがあり、また株式取引のための場所として日比谷支店の応接室を借りたいとの申し入れがあった。菅野は、融資は断ったが応接室を使うことは承諾した。

2  同月一〇日、日比谷支店に来た渡辺から、菅野に対し、本件株券を預かってほしいと申し出があり、小林の取引先として来店していた大塚、萩原らから本件株券を手渡された。菅野は一時的に預かるだけであると念をおした上で本件株券を預ったが、その際、渡辺の依頼で宛先を大報と記載した取次票を大報に交付した。大報からは、融資証明書発行の依頼もあったが、断った。なお、菅野は、小林から、大報がケイから株式担保で融資を受けるとの説明を受けていた。

3  同月一三日午後一時ころ、小林、渡辺、萩原、ケイの河合慶一と称する者(後に河合とは別人であることが判明した。しかしこの河合と称した人物を以下「河合」という。)らが日比谷支店に来店した。そして、午後一時三〇分ころ、河合が本件株券についての取次票を提示してその返還を求めたので、菅野は右取次票と引換えに本件株券を一旦返還した。その後、午後三時三〇分ころ、菅野は渡辺から、本日も取引が成立しなかったので、本件株券を明日まで預かってほしい旨の申出を受け、再度これを預り、右取次票をそのまま交付した。

4  翌一四日、渡辺、小林、河合らが日比谷支店に来店し、河合から菅野に対し、取引先に本件株券を見せる必要があるので、取次票はあとで大報の萩原が持参するから、とりあえず本件株券を渡してほしい旨の申出があった。菅野は、前日に河合に本件株券を返還した経緯や、渡辺や小林が同席していたこと等から、河合の言葉を信用して本件株券を返還した。

その後、結局、取次票は回収できなかった。

5  原被告間に寄託契約は成立していない。被告銀行においては、職員が業務に無関係なものを預かることは許されていない。菅野個人が好意により一時保管したに過ぎない。もとより支店の業務として預かったのではないから、正規の預り証は発行されなかった。また取次票用紙は他の目的のために用意されているものであって、このような場合に発行するものではないが、菅野は求められて、本来の用途に反して右用紙を流用してしまったのである。

仮に、寄託契約が成立したとしても、菅野は、本件株券を、取次票を直前まで保管していた河合に返還したのであって、その際渡辺らが同席していたことからも、菅野の判断は妥当なものであり、被告は、原告主張の寄託契約に基づく寄託物返還債務を履行したものである。

仮に、右返還義務が履行されていないとしても、被告は、平成三年六月一日以降、数回にわたり、同種同量の福助株式会社株券四〇万株を引き渡す旨申し出たが、原告は最初に預けた株式そのものでない限り受領を拒絶すると主張し、引渡しに至らなかった。本件株券の寄託契約が存在したとしても、右株券は代替物であったから、右に述べた事情からすれば、寄託物返還債務は履行不能ではなく、それによる原告の損害もない。

四  争点

1  原被告間に本件株券の寄託契約が成立したか。

2  大報から原告に対して有効に本件株券の返還請求権が譲渡されたか。

3  本件株券は平成三年五月一三日又は同月一四日に返還されたか。

4  本件株券の返還債務は履行不能になったか。

5  原告の損害の有無とその金額。

第三争点に対する判断

≪証拠省略≫により次のとおり判断する。

一  本件株券の寄託契約の成否と寄託者

原告ではなく大報を寄託者として、大報と被告との間において、平成三年五月一〇日に、返還期日を同月一三日として本件株券の寄託契約が締結され、大報から被告に対して本件株券が預けられたが≪証拠省略≫、約定の返還期日である同月一三日に、一旦は被告から大報に返還されたが、同日、大報から被告に対し、再び本件株券が預けられたことが認められる。

原告は、大報ではなく原告と被告の間に寄託契約が締結されたと主張するが、被告が発行した取次票≪証拠省略≫の名宛人は大報となっているのに、それにもかかわらず、その記載とは異なって原告を寄託者とする旨の合意がなされたことをうかがわせる事情は存在しない≪証拠省略≫。

被告は、菅野が会社の業務と無関係に個人として本件株券を預かったものであり、被告との間に本件株券の寄託契約は成立していないとするが、菅野も認めているように≪証拠省略≫、被告の日比谷支店長代理である菅野が被告の日比谷支店内において、その執務時間中に、被告銀行の取次票を発行して本件株券を預かった以上は、特別の事情がないかぎりは、被告銀行の業務として預かったという他はなく、そのような特別の事情は認められない。

二  本件株券返還請求権の譲渡

大報が被告に送付した債権譲渡通知書≪証拠省略≫によると、大報が原告に対し、本件株券の返還請求権を譲渡した事実は明らかである。

被告は、右譲渡通知書によって譲渡されたのは、平成三年五月一〇日付けの寄託契約に基づく返還請求権であって、同月一三日付けの寄託契約に基づく返還請求権は譲渡されていないと主張するが、同月一三日の契約に際し、同月一〇日付けの取次票が預り書として流用されていること≪証拠省略≫等に照らすと、同通知書が、同月一三日付けの寄託契約に基づく返還請求権の譲渡を含む趣旨であると認められる。

三  本件株券は返還されたか

被告は、平成三年五月一四日に本件株券を返還した、と主張した。すなわち被告の主張によれば、菅野は大報から、本件株券の預け入れと返還行為について代理権を与えられていた渡辺の配下である河合に対し、本件株券を引き渡した(なお、本件株券が、平成三年五月一三日に一旦返還されたことは前記のとおりである。)とのことであるが、仮に、渡辺にそのような代理権限が与えられていたとしても、河合が同人の代理人又は使者であると認めるに足りる証拠は存在しない。

河合が書いた受領書≪証拠省略≫も河合個人のそれであって、大報もしくは渡辺の代理人もしくは使者とは表示されていない。河合は菅野に対し、「おれがけつを取ればいいんだな。」と言って受領書にサインした≪証拠省略≫とのことであるが、その真偽のほどは定かでなく、その言葉の趣旨も、河合が大報に代わって本件株券を正当に受領する権限を有することを示すものではない。

なお、菅野は、取次票の返還も受けることなく、また、大報の意思の確認もせず、本件株券を引き渡したのであるから表見法理による保護に値しない。

四  本件株券の返還債務は履行不能になったか

一般に、寄託契約においては、寄託物の保管が契約の主たる目的であるから、寄託の目的物の個性に注目されるものが多いことはいうまでもない。しかし株券は、記番号等で特定されてはいるものの、転々流通するその性質上、株券の個性が問題になることは少ないし、同種同量の株券があれば、その経済的価値において変わりがないのが一般である。したがって、当事者があえて現物の返還を約すなどの特段の事情がない限り、受託者は、同種同量の株券を返還すれば、その返還義務を免れるものと解される。

これを本件についてみるに、本件全証拠によるも、菅野が本件株券の寄託を受けるに際し、株券の個性に着目し、あえて現物の返還を約した事実を認めることはできない。原告は、当時いわゆる仕手戦を行って福助株の買い占めにあたっており、本件株券もその渦中において入手したものであって、もし市場に放出されることになると株価は暴落し、原告は莫大な損失を被ることになるので、被告は、預かった現物を返還する義務を負っていたと主張するが、寄託の当時、寄託者又はその関係者が被告に対して、そのような特別の事情を説明していたことを認めるに足りる証拠は存在しない。

したがって、被告は大報に対し、本件株券と同種同量の株券を返還すれば、寄託契約上の返還債務を免れ得たものであるところ、被告は原告に対し、返還時期に遅滞はあるが、平成三年六月一日以降、本件株券と同種同量の株券の引渡しを申し出ており、その履行が可能であったものと認められる≪証拠省略≫から、本件株券の返還債務の履行不能を理由とする原告の請求は、理由がない(なお、原告は本件株券の返還義務の履行遅滞による損害賠償を請求していないから、その損害については判断するまでもない)。

(裁判長裁判官 髙木新二郎 裁判官 佐藤嘉彦 釜井裕子)

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